月曜日, 10月 02, 2006

再チャレンジ?

久しぶりに筑紫哲也を見た。多事争論だ。
「再チャレンジできる社会」に否定的な意見だ。
「再チャレンジとはセーフティネットの事で、再チャレンジが必要ない社会が望ましい」という主旨だ。
果してそうなのか?再チャレンジできるというのは、失敗しても自己を犠牲する必要がない、という事であると思う。自分を犠牲にする事がないからチャレンジの敷居が下がり、社会の活性が上がる。再チャレンジとは断じてセーフティネットの事ではない。
日本では失敗=破産で、近年では破産は自殺へのパスポートになっている。
自殺率の高さを押し上げているのは失敗したからではなく、失敗したら未来がないという事実があるからだ。
余談だが、大手ゼネコンは債権放棄という格好で再チャレンジを許されたではないか。芸能人や政治家も再チャレンジが可能な商売だな。
筑紫の主張は明確でないのだが、再チャレンジ不要、という事は低空飛行でも継続する事が重要であると言いたいのだろうか。それは単に時間とチャンスの浪費であると思う。
もう一つの論点、格差社会については「再チャレンジ」とは全く異る観点から論じるべき。
あんたのように稼いでいる人間が「格差」を口にしても説得力がないのだよ。

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